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新たなプロフィールを探す町
ドルトムントの中央駅に到着しました。視線を駅前広場に走らせます。歴史と現在が併存しています。視野の左側には「ユニオン(Union)」というビール醸造会社の巨大なロゴが空に向かってそびえ立ち、ビールの町ドルトムントの名声を示しています。しかしながら醸造工場は売却され、現在は空き家となっています。その前に見えるのが「ハーレンベルク出版社(Harenberg-Verlag)」の新高層ビル。出版社と新サービス関連企業が入っています。正面を見ると、50年代のシンプルな会社のビルが目に入ります。その右側には、スチールとガラスでできた大きな半円形の新しい市立・州立図書館の建物があります。ドルトムントが変革の真っ只中にあるという第一印象は間違ってはいません。
すでに一度、町を建て直さなくてはならなかった過去がありますから、ドルトムント市民は大変です。第2次世界大戦中に、市の中心部と工業地区が爆撃でほぼ全壊しました。50年代にはすべて新しく建て直されています。80年代には鉱工業が下火になり、最後の溶鉱炉の火が消されたのが2001年です。ドルトムントは再び立ち直らなければなりませんでした。
石炭に代わったチップ
この構造改革の一端を担ったのが1968年に開校した大学。電気工学とプロセス工学、並びに化学技術と国土計画などの工学系分野が開発され、当時まだ新しかった情報処理分野にも重点が置かれました。今日では、情報技術、電子商取引、eビジネスに力を入れています。ドルトムントでは、過去をとやかく言う人はいません。今や1万6000人以上の人が新分野で働いています。この傾向はさらに進むと思われます。
「テュッセン・クルップ株式会社(Thyssen Krupp AG)」、経営コンサルタント会社の「マッキンゼー(McKinsey&Company)」と共同で、市当局は「ドルトムント・プロジェクト(dortmund-projekt)」というイニシアチブをスタートさせました。このプロジェクトでは、ドルトムントをIT部門の拠点として魅力的にするための戦略が立てられているのです。多数の企業が、大学に隣接するテクノロジー・パークに移転してきました。また、25以上の情報処理技術とソフトウエア分野の学術研究所が、将来のマンパワー養成および技術革新の精錬所と見られています。
ドルトムント市民と町のシンボル
多数のドルトムント市民が新分野で働くようになったとはいえ、炭坑労働者が情報社会の市民に転身するのはたやすいことではありません。ですから、60万人のドルトムント市民が、「ヴェストファーレン公園(Westfalenpark)」、「ヴェストファーレンホール(Westfalenhalle)」、そしてもちろん地元のサッカーチーム、ボルシア・ドルトムント(Borussia Dortmund)のフランチャイズである「ヴェストファーレンスタジアム(Westfalenstadion)」といった、町の伝統的シンボルにアイデンティティーを求めるのも当然のことです。
もう一度、駅に戻りましょう。駅前広場から、市の中心を取り巻く環状道路を横切ります。中心街は歩行者天国で構成され、誰もが容易に目的地に行けるようになっています。メインのショッピングストリートにあるお決まりのデパートのほかに、横丁には小さなブティックがたくさんあります。「アルターマルクト(Alter Markt)」にある居酒屋はリラックスした気分にさせてくれるでしょう。夏には屋外にテーブルが置かれ、中心街は夜遅くまでにぎやかです。話題は何と言ってもサッカーです。
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|  ドルトムントとその周辺の文化イベントが意外に多くてうれしかったと言うドイツ人学生Karl Reif: 「ドルトムントには劇場がとても多く、キャンパスでも頻繁にパーティーが開かれている」 (ドイツ語)
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